不便を、選んだ ── 横須賀・佐島の丘7,900万円と、夫婦の第二章

神奈川

不便を、選んだ ── 横須賀・佐島の丘7,900万円と、夫婦の第二章

定年の半年前から、田辺修一は地図を眺めるようになった。

東京・世田谷の3LDKマンションに、妻の登美子と32年間住んできた。子どもは二人、どちらとも独立して家を出た。仕事が終わったら、二人でどこに住むか。それが、ここ数年の大きなテーマだった。

売って、買う

修一は63歳。大手メーカーの管理職として定年を迎え、今は週2日だけ嘱託で働いている。登美子は60歳、子どもが独立してからは近所の図書館でパートをしている。二人の生活は、静かに、穏やかに、整っていた。

世田谷のマンションは、購入から32年で価値が上がっていた。売却すると手元に資金が残った。次に買う家の予算は、十分にあった。問題は「どこに住むか」だった。

登美子の希望は、海の近くだった。修一の希望は、人が多すぎないこと。二人で出した答えが、湘南・三浦半島の先端に近いこのエリアだった。

佐島の丘という選択

逗子駅からバスで35分。最初にこの数字を見た時、登美子は少し笑った。「遠いわね」と言った。でも現地を見に行った日、笑いが消えた。

高台の住宅地。電線が地下に埋まっているから、空が広い。遠くに相模湾が見える。静かだった。風の音だけがあった。登美子は「ここだ」と思った、と後で言った。

バスで35分という距離は、今の二人にとって問題ではなかった。急いで行かなければならない場所が、もうそんなにない。週2日の嘱託出勤も、逗子発の横須賀線なら座って行ける。むしろこの不便さが、この場所を守っているのだと修一は思った。

一条工務店の家に住む

2014年築、一条工務店施工の長期優良住宅。土地194㎡、建物113㎡の4SLDK。全館床暖房・オール電化・高気密高断熱・太陽光パネル。キッチンにはミーレのオーブンがある。

子どもが独立した後の4SLDKは広すぎるかもしれない、という話を二人でした。でも、一部屋は子どもや孫が来た時のために使える。一部屋は修一の書斎にする。登美子にも自分の部屋ができる。それぞれに「自分の場所」が生まれることが、二人には大事だった。

全館床暖房は、年齢を重ねた体には特にありがたい。冬の朝、廊下や浴室が寒くない家。それがどれほど暮らしの質を変えるか、60代になって初めてよくわかった。

デッキで過ごす時間

大型のウッドデッキと、ルーフバルコニー。修一が一番気に入ったのはこの二つだ。

朝、コーヒーを持ってデッキに出る。相模湾の方角を眺める。漁港まで歩いて18分。その気になれば、朝採れの魚を買いに行ける。登美子はすでに、ミーレのオーブンで何を作るか考えている。

世田谷に住んでいた32年間、二人はいつも「いつか」と思っていた。海の近くに住む、というのは「いつか」の話だった。

7,900万円は、その「いつか」を「今」にするための値段だった。

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