村上誠一が七里ガ浜を初めて訪れたのは、30代の頃のことだった。
当時、東京でITの会社を立ち上げたばかりで、資金繰りと採用に追われていた。友人のサーファーに連れられて江ノ電に乗り、鎌倉高校前で降りた。線路沿いの道から海が見えた瞬間、「いつかここに住もう」と思った。なぜかは、うまく説明できない。
それから20年が経った。
9億円という数字について
誠一は57歳。会社は上場し、今は会長職に退いている。子どもは二人、どちらも独立した。妻の静子は鎌倉が好きで、週末になると一人でよく来ていた。「老後はここに住みたい」と言い続けていたのは、妻の方だった。
8億9,998万円という価格を見た時、誠一は驚かなかった。七里ガ浜の海際で、この規模で、この設計のものが9億以下で出ることは、もう二度とないかもしれない、と思った。「買える値段かどうかより、二度と手に入らないかどうかで考えた」と誠一は言う。
数字の話をするなら、これは純粋に資産でもある。土地331㎡、建物341㎡、第一種低層住居専用地域の七里ガ浜2丁目。鎌倉の海際の土地は、これ以上増えない。

50畳のリビングと、波の音
1階はLDKが50畳。全面ガラス張りの開口部の向こうに、テラスとプールと、それから海がある。江の島が正面に見える。
誠一が最初に内見した日、午後3時頃だった。西日が海に差し込む時間で、プールの水面がゆっくりと揺れていた。静子は何も言わずに、ガラスの前に立ったままでいた。誠一もそうした。二人で5分ほど、黙っていた。
この家で一番気に入ったのは、主寝室に専用のバスルームがついていることだ、と後で誠一は言った。理由を聞くと、「朝、海を見ながら風呂に入れる」とだけ答えた。
地下のホビールームのこと
地下に39畳のホビールームがある。シアタールームにもジムにも使えると説明書きにある。誠一はゴルフが好きで、シミュレーターを入れる予定でいる。別途改装費が必要だが、それは後で考える。
「仕事をしている間は、趣味に使える部屋が欲しいと思い続けていた。地下に40畳あれば、好きなことを全部詰め込める」
屋外にはサーフシャワーがある。サーフィンをする予定は今のところないが、孫が来た時に使えると思っている。

七里ガ浜の朝
入居後の朝を、誠一はこう想像している。静子が先に起きて、キッチンで何かを作っている。誠一は寝室のバスルームで湯を張り、窓から海を眺める。朝食の後、海岸まで歩く。徒歩3分。砂の上を少し歩いて、引き返す。それだけでいい。
50畳のリビングで、特に何もしない午後があってもいい。波の音を聞きながら本を読む。友人が来た時はプールサイドで食事をする。江の島に夕日が沈む。
30代の頃に「いつかここに住もう」と思った場所に、57歳でたどり着いた。
8億9,998万円は、その20年分の答えだと思っている。
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