高円寺の最上階で、次のアルバムを書いている ── 中野区大和町7,350万円と、あるミュージシャンの住所の話

東京

田村颯が高円寺を「住む場所」として選んだのは、デビューより前のことだった。

20代の頃、安い家賃を求めて流れ着いた街。ライブハウスが歩いて行ける距離にあって、古着屋とレコード屋と中華料理屋が混在していた。「この街の空気を吸って育った」という感覚が、今もある。

人気ミュージシャンになっても、高円寺を出なかった

颯は36歳。インディーズ時代から数えると10年以上、音楽を続けてきた。メジャーデビューから5年、アルバムが連続してヒットし、今では誰もが名前を知るミュージシャンになった。

事務所のマネージャーに「そろそろ引越しませんか」と言われたことがある。「渋谷とか恵比寿の方が、仕事のアクセスもいいですし」という提案だった。颯は少し考えてから、「高円寺でいい」と答えた。

高円寺を出る理由が、見つからなかった。この街の喧騒と、古本屋の匂いと、夜の商店街の人の密度が、颯にとっての「普通」だ。それが変わることへの抵抗が、自分でも意外なほど強かった。

最上階の1LDK

レガリス高円寺、10階。建物の最上階で、角住戸。高円寺駅から徒歩9分の中野区大和町1丁目。2018年築のRC造、45.5㎡の1LDK。7,350万円。

「広くしなかったのか」と聞かれる。答えはシンプルだ。一人で住むのに、45㎡で十分だ。レコーディングはスタジオでやる。作曲はピアノとギターがあれば、どこでもできる。むしろ部屋が広すぎると、空間に気が散る感覚がある。コンパクトな部屋の方が、集中できる。

最上階の角部屋にこだわったのは、音の問題だ。上に住人がいない。隣接する壁面が少ない。深夜にギターを弾いた時の、細かな振動の伝わり方が違う。ミュージシャンとして部屋を選ぶ時、そういうことが気になる。

高円寺という場所で書く

次のアルバムの曲を、今この部屋で書いている。

バルコニーから高円寺方向の夜景が見える。商店街の灯りが、10階からでもわかる。あの街に降りれば、自分を知っている人も、知らない人も、同じように飲んでいる。それが颯には心地よい。

有名になっても、高円寺では普通に歩ける。顔を知られていても、この街の人たちは特に気にしない。それが高円寺の、他の街にはない空気だと颯は思っている。

「渋谷じゃなくていい。恵比寿でもいい。でも高円寺がいい」

7,350万円は、その「でも」に対して払った値段だ。

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