マンションなのに、家の中に階段がある。40代共働き夫婦が早稲田で選んだ戸建て感覚の住まい

早稲田・夏目坂の低層タウンハウス外観イラスト 東京

「上の階の人に、また謝りに行くの?」

小学二年生の息子にそう聞かれたとき、佐伯亮介は返事に困った。

息子が悪いわけではない。夜中まで走り回っているわけでもない。ただ、少し勢いよく廊下を歩いたり、床に積み木を落としたりすると、下の部屋に響くことがある。築年数の経った賃貸マンションでは、それだけで十分だった。

亮介は44歳。都内のIT企業でプロジェクトマネージャーをしている。妻の麻衣は42歳で、出版社の編集者。二人とも週に何度か在宅勤務があり、8歳の息子と、6歳になる保護犬と暮らしている。

家族三人と一匹。広さだけなら、今の70㎡の部屋でも暮らせないわけではなかった。

けれど、家にいる時間が増えるほど、音と距離が気になるようになった。

オンライン会議中に犬が吠える。隣の部屋では妻が著者と電話をしている。学校から帰った息子は、静かにしなければならない理由を少しずつ覚えていった。

「家って、もっと気を抜ける場所じゃなかったっけ」

麻衣がそう言ったことから、家探しが始まった。

戸建てか、マンションか

最初に検討したのは戸建てだった。

上下階の音を気にしなくていい。仕事をする場所と家族が過ごす場所を階で分けられる。犬と暮らしやすい家も見つけやすい。

ただ、二人には都心を離れにくい事情があった。

亮介の勤務先は大手町。麻衣の会社は神楽坂にある。息子は転校を望んでおらず、麻衣の母が住む文京区にもすぐ行ける距離がよかった。

都心で十分な広さの戸建てを探すと、予算を大きく超えるか、駅から遠くなる。土地が細く、三階まで階段を上り下りする家も多かった。

一方、マンションを探すと、今度は「また音を気にする生活になるのではないか」という不安が残った。

戸建てか、マンションか。

二者択一だと思っていた二人の前に現れたのが、早稲田・夏目坂近くのタウンハウスだった。

マンションの中に、家がある

物件は新宿区戸山一丁目。都営大江戸線の若松河田駅から徒歩5分、東京メトロ東西線の早稲田駅からも徒歩6分ほどの場所にある。

地上3階、地下1階建て。総戸数は19戸。

大きな道路沿いにそびえるマンションではない。低層の建物が中庭を囲むように並び、通りから一歩入ると、都心とは思えない静けさがあった。

玄関を開けた麻衣が最初に目を留めたのは、部屋でもキッチンでもなく、住戸の中にある階段だった。

「マンションなのに、ちゃんと家みたい」

98.13㎡の3LDK。室内はメゾネットになっている。

生活の中心になるリビングと、仕事や就寝に使う個室を階で分けられる。オンライン会議が重なっても、扉一枚の向こうに互いの声がある今の住まいとは違う。

しかも、この住戸には階下の住戸がない。

息子が階段を上り下りする姿を見ながら、亮介は「静かに」と言わずに済む暮らしを初めて具体的に想像した。

98㎡を、広さではなく距離として考える

専有面積は98.13㎡。数字だけ見れば、都心の家族向けマンションとしてはかなり広い。

けれど、二人が惹かれたのは単純な広さではなかった。

家族の気配は感じられる。それでも、仕事に集中したいときは少し離れられる。息子が友達を連れてきても、大人は別の階で過ごせる。誰かが早く寝る日も、リビングの物音を必要以上に気にしなくていい。

面積が増えるというより、家族の間にちょうどいい距離が生まれる。

在宅勤務を始めた頃、亮介は家族が同じ場所にいられることを豊かさだと思っていた。数年経って分かったのは、近くにいるためには、離れられる場所も必要だということだった。

10.24㎡のルーフバルコニーも、その距離をつくる場所になりそうだった。

麻衣は朝、コーヒーを持って外に出たいと言った。息子は犬と日向ぼっこをすると言った。亮介は、休日に椅子を出して本を読む自分を想像した。

広い庭ではない。それでも、空が見える自分たちだけの場所が都心にあることは、思った以上に贅沢だった。

1億2,800万円をどう考えたか

価格は1億2,800万円。

簡単に決められる金額ではなかった。

夫婦の世帯年収は約2,300万円。二人ともこれまでの住まいが手狭になったと感じてからも、すぐに買い替えなかった。教育費や老後資金を残しながら無理なく返せるか、何度も計算した。

管理費と修繕積立金を合わせると、毎月5万円を超える。築25年を迎える建物だから、将来の修繕についても確認が必要だった。

それでも、駅から近いこと、二人の職場や親の家へ動きやすいこと、98㎡の広さがあること、そして戸建てに近い暮らし方ができること。その条件を同じエリアで一から揃えようとすると、別の選択肢も決して安くはなかった。

「広いマンションを買うというより、今まで別々に探していた条件を一つにまとめて買う感じだね」

麻衣の言葉が、二人には一番しっくりきた。

2026年6月に水回りや床、壁、建具までリフォームされている点も、共働きの二人には大きかった。購入後すぐに大がかりな工事を計画する余裕はない。空室で、入居時期を調整しやすいことも背中を押した。

階段が変えたもの

入居して最初の週末、息子は何度も階段を上り下りした。

特に用事があるわけではない。ただ、自分の部屋からリビングへ降り、犬を連れてまた上がっていく。それが楽しいらしい。

以前なら、亮介か麻衣のどちらかが「走らないで」と声をかけていた。

今は、二人とも言わない。

麻衣はリビングで原稿を読み、亮介は別の階で資料をつくる。息子が階段を降りてきた音で、そろそろ夕食の時間だと分かる。

家族の生活音は消えていない。

ただ、その音を誰かへの迷惑として聞かなくなった。

マンションの中に階段があること。それは、珍しい間取りというだけではなかった。

家族がそれぞれの時間を持ちながら、必要なときには同じ場所へ戻ってこられる。そのための、小さな余白だった。

早稲田の低層住宅にあるこの家で、息子は今日も階段を駆け上がる。

亮介はその足音を聞きながら、ようやくここが自分たちの家になったのだと思った。

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