駅から徒歩36分。
物件情報を見たとき、菜月は画面を閉じようとした。これまで家探しでは「駅徒歩15分以内」を条件にしていたからだ。
夫の直人は41歳。訪問リハビリの仕事で、日中は車で藤沢市内を回る。菜月は39歳の翻訳者で、仕事の大半は自宅。小学三年生の娘と三人で、駅近の賃貸マンションに暮らしていた。
便利なはずなのに、直人は毎朝離れた月極駐車場まで歩き、菜月はダイニングテーブルで仕事をし、娘はオンライン会議が終わるのを待って友達を呼んでいた。
距離を、電車だけで測らない
藤沢市遠藤の中古戸建は、湘南台駅から徒歩36分。けれど土地は108.31㎡、建物は81㎡の3LDKで、駐車スペースと仕事部屋をつくれる余地があった。
直人の訪問先へは車で動きやすい。菜月は通勤時間そのものがない。娘の学校や日々の買い物まで地図に置くと、家族にとっての生活距離は、むしろ短くなることが分かった。
「駅に近いことと、私たちの暮らしに近いことは、同じじゃないんだね」
築25年を、これからの形にする
建物は2002年10月築。価格は掲載上3,699万円から3,799万円。新築の華やかさはないが、すでに周囲の家並みや日当たり、生活音を確認できる安心があった。
一室を菜月の仕事部屋にする。リビングには娘が宿題を広げられる大きなテーブルを置く。直人の車は玄関のすぐそばに停める。
間取りを大きく変えなくても、今まで別々の場所で我慢していたことが、一つの家の中で解決していった。
近さの基準が変わる
引っ越して最初の雨の日、直人は玄関から数歩で車に乗った。菜月は閉じた仕事部屋でオンライン会議をし、その間、娘はリビングに友達を招いて笑っていた。
駅は遠い。けれど仕事は近くなり、家族は互いの予定を待たなくてよくなった。
夕方、車で帰った直人がキッチンの窓に明かりを見つける。そこから玄関までの短い距離を歩くたび、この家を選んだ理由がはっきりする。
暮らしの便利さは、駅までの分数だけでは決まらない。家族が一日に何度、無理をしなくて済むか。その積み重ねもまた、家の距離なのだ。
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