感情ではなく、条件で選んだ ── 港区浜松町1億9,980万円と、ある弁護士の住所の話

東京

木村剛志が不動産担当者に最初に伝えた条件は三つだった。

徒歩2分以内に駅があること。築5年以内であること。管理が常勤であること。

「予算は?」と聞かれた。「2億円まで」と答えた。担当者は何も言わなかったが、少し背筋が伸びた気がした。

渉外弁護士という仕事

剛志は42歳。丸の内の大手渉外法律事務所でパートナーを務めている。M&A・クロスボーダー取引が専門で、クライアントは上場企業と外資系企業が中心だ。年収は開示しない。でも買えないものは、ほとんどない。

問題は時間だ。

週に6日は事務所にいる。朝8時前には着いて、終電で帰ることも珍しくない。デューデリジェンスの佳境やクロージング前は、事務所のソファで仮眠を取る。家に帰れない日が月に数日ある。

だから家を選ぶ条件は、シンプルだ。帰れる時に、最短で帰れること。それだけだ。

なぜ浜松町なのか

浜松町駅から事務所のある丸の内まで山手線で2駅、5分。終電を逃しても、タクシーで15分以内に帰れる距離だ。

剛志が以前住んでいたのは港区麻布十番だった。職住近接のつもりで選んだが、帰宅に20分以上かかった。20分は短いようで、深夜の疲れた体には長い。その差が積み上がることを、3年住んで理解した。

浜松町は「弁護士が住む街」というイメージではない。でも剛志にとってはそれで構わない。街のブランドより、職場までの時間の方が重要だ。

1億9,980万円の中身

ワールドタワーレジデンス、22階。2024年築の鹿島建設施工、46階建。浜松町駅から徒歩2分。1LDK、44㎡。床暖房、ワイドバルコニー、コンシェルジュサービス、常勤管理人。

44㎡に2億円近い価格をどう見るか。剛志の計算はシンプルだ。この立地とこの管理水準で、築2年の物件がこの価格で出るのは稀だ。資産として持てば、5年後10年後に価値が下がる可能性は低い。今の賃貸の家賃と比べれば、所有の方が合理的だという結論が出た。

頭金5,000万円を入れて、残りをローンで組んだ。月々の返済は今の家賃と大差ない。

1LDKという選択

「一人で44㎡は狭くないか」と同僚に言われた。

剛志は「十分だ」と答えた。帰宅してから寝るまでの時間、平日は3〜4時間しかない。その時間に必要なのは、清潔な浴室と、静かに眠れるベッドと、翌朝のコーヒーを淹れられるキッチンだ。広い部屋は必要ない。

もう一つ理由がある。広い部屋は管理に手間がかかる。掃除の時間も、物を置く場所の管理も、全部コストだ。44㎡はそのコストが最小になる面積だと剛志は思っている。

22階からの景色

バルコニーから北側の景色が見える。東京タワーが視野に入る。レインボーブリッジも、天気がいい日には遠くに見える。

仕事で疲れて帰ってきた夜、バルコニーに出てそれを見る。特に感動するわけではないが、視界が開けていることが、頭を切り替えるのに役立つ。それだけでいい。

剛志は感情で家を選ばなかった。条件で選んだ。でも22階のバルコニーから見る東京の夜景は、条件には入っていなかったものだ。

1億9,980万円は、合理的な計算が連れてきた場所の値段だ。

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