四十五歳の誕生日を迎えた朝、編集者の奈緒は、更新時期を知らせる賃貸契約の封筒をテーブルに置いた。
都内の出版社で働き始めて二十年。結婚を急ぐことも、郊外に大きな家を持つことも、自分の人生には必要ないと思ってきた。仕事が忙しい時期は会社の近くに住み、部署が変われば通勤しやすい街へ移る。その身軽さは奈緒に合っていた。
けれど近年、引っ越すたびに少しずつ疲れるようになった。家賃は上がり、部屋の条件は狭くなる。好きな本を並べても、次の更新を考えると、どこか仮住まいの気分が抜けない。
「今度は、長く帰ってこられる場所を自分で選びたい」
そう思い、奈緒は初めて中古マンションの検索画面を開いた。
希望条件は明確だった。駅から近いこと。夜遅く帰っても安心できること。都心へ通いやすく、休日には街の中で用事が済むこと。そして、管理の負担を抱え込みすぎないこと。広さは、見栄のために求めない。自分が使い切れる範囲でよかった。
見つけたのは、調布駅から徒歩四分の「イニシア調布ステーションサイト」だった。二〇二六年二月築、十階建ての築浅マンション。住戸は六階、約四十四平方メートルの一SLDK。京王線と京王相模原線が利用でき、都心へ出る日も、多摩方面へ足を延ばす日も動きやすい。
現地へ向かった日、奈緒は駅前のにぎわいから数分歩き、建物の外観を見上げた。新しい街並みに馴染む端正なファサードは、華美ではないが、毎日帰ってくる場所としての清潔感があった。オートロック、防犯カメラ、宅配ボックス。出張や残業がある生活でも、荷物の受け取りや防犯を心配しすぎずに済む。
室内には床暖房や食器洗い乾燥機、浴室乾燥機が備わっていた。ひとり暮らしに豪華な設備は必要ないと思っていたが、忙しい日々では、家事にかかる十分、二十分が自分の時間を守ってくれる。ペット飼育可能という条件も、いつか保護猫を迎えたいと考えていた奈緒にはうれしかった。
広い部屋より、使える時間を選ぶ
購入を決めたあと、奈緒は持ち物を見直した。読まなくなった本を手放し、十年以上着ていない服を処分した。一方で、何度も読み返す小説や、旅先で集めた器は残した。
新居のサービスルームは、小さな書斎にした。壁一面に本棚を置き、窓側には原稿を読むための机を置く。リビングには大きなソファではなく、一人掛けの椅子と丸いダイニングテーブルを選んだ。友人が来たときには椅子を足せばよい。普段の暮らしが心地よいことを中心に考えると、四十四平方メートルは意外なほど素直に整った。
引っ越して変わったのは、通勤時間だけではなかった。
朝、少し早く家を出て駅前でコーヒーを飲む。仕事帰りにはスーパーで必要な分だけ買い、映画を一本観てから歩いて帰る。休日は多摩川方面まで散歩をし、気が向けば新宿へ出る。駅に近いことで、街と家の間にあった移動の負担が薄くなった。
以前の奈緒は、住まいを仕事のための寝場所と考えていた。今は、働くことも休むことも、同じ生活の中にあると思える。床暖房をつけた冬の朝、読みかけの本を開く時間。浴室乾燥機に洗濯物を任せ、映画館へ出かける夕方。便利な設備は、暮らしを機械的にするのではなく、自分で使える時間を増やしてくれた。
ひとりで家を買うことは、孤独を選ぶことではない
購入を母に伝えたとき、「ずっと一人でいるつもりなの」と聞かれた。悪意がないことは分かっていた。それでも奈緒は少し考えてから答えた。
「誰かと暮らすことになっても、ここを選んだ私は変わらないよ」
住まいを買うことは、未来を一つに決めることではない。今の自分が安心して暮らせる基盤を持ち、その上で次の選択をできるようにすることだ。結婚するかもしれない。猫と暮らすかもしれない。仕事の仕方が変わるかもしれない。駅近の築浅マンションなら、将来住み替える場合にも、賃貸に出す場合にも検討しやすい。その柔軟さも、奈緒が重視した価値だった。
ある夜、校了を終えて遅い電車で調布へ戻った。駅を出ると、仕事帰りの人や学生が行き交い、店の明かりが残っていた。そこから四分歩くと、端正な外観のマンションが見えてくる。
エントランスの灯りを見た瞬間、奈緒は初めて「自分の街に帰ってきた」と思った。
広さを競わず、家族の形を決めつけず、今の自分が使える場所を選ぶ。調布の築浅マンションは、ひとりで生きるための家ではなく、自分の人生を誰かの基準に預けないための拠点になった。
イニシア調布ステーションサイト 6階
※物件情報は掲載時点のものです。販売状況や価格、詳細条件などはリンク先でご確認ください。
※本記事の物語および登場人物はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。また、本記事にはアフィリエイトリンクが含まれる場合があります。


