寝室は別にした。50代夫婦が練馬区の3LDKへ住み替えた理由

東京

「寝室、分けない?」

妻にそう言われたとき、夫は少し驚いた。

夫は55歳。妻は53歳。結婚して28年になる。子どもは二人いたが、長男は就職して家を出て、長女も結婚して別の街で暮らしている。

今は夫婦二人きり。

住んでいるのは、練馬区内の4LDKの戸建てだった。

子どもが小さかった頃は、この広さが必要だった。リビングにはおもちゃが広がり、二階には子ども部屋が二つ。休日になれば、家の中を走り回る音がしていた。

でも今は違う。

二階の二部屋は、ほとんど使われていない。

それでも掃除はする。窓も開ける。エアコンのフィルターも気になる。階段を上ったり下りたりする回数だけは、昔とあまり変わらない。

「二人で住むには、ちょっと広すぎるよね」

妻がそう言い始めたのは、子どもたちが完全に家を出てからだった。

仲が悪いわけではない

夫婦仲は悪くなかった。

休日は一緒に買い物へ行く。年に何度か旅行もする。夕飯もだいたい一緒に食べる。

会話もある。

ただ、寝る時間だけが合わなかった。

夫は朝が早い。5時半には起きる。夜は10時を過ぎると眠くなる。

妻は逆だった。

夜の方が元気になる。

家事を終えてからドラマを見る。本を読む。スマートフォンで動画を見る。

気づけば0時を過ぎている。

夫が寝ようとすると、妻はまだ照明をつけている。

妻がベッドへ入る頃には、夫はすでに眠っている。

そして、夫はいびきをかく。

「前よりひどくなってない?」

妻はよく言った。

夫は、

「寝てるから分からない」

と答える。

エアコンの温度も違った。

夫は暑がり。

妻は寒がり。

夏の夜になると、

「暑い」

「寒い」

を何度も繰り返した。

二人とも、それを大きな問題とは思っていなかった。

結婚生活とは、そういうものだと思っていた。

「夫婦なんだから一緒に寝る」が当たり前だった

ある晩。

妻がベッドで本を読んでいる横で、夫が目を閉じながら言った。

「まだ読むの?」

「あとちょっと」

「明るいんだよな」

「じゃあ先に寝ればいいじゃん」

「寝ようとしてる」

妻は黙った。

しばらくして、本を閉じた。

次の日。

妻が言った。

「寝室、分けない?」

夫は、

「なんで?」

と聞いた。

妻は笑った。

「なんでって、寝る時間も違うし、温度も違うし、あなたはいびきかくし」

夫は少しムッとした。

「俺だけが悪いみたいじゃん」

「悪いって言ってないよ」

妻は続けた。

「別に仲悪いわけじゃないんだから、寝る部屋まで一緒じゃなくてよくない?」

夫は、その言葉をしばらく考えた。

確かにそうだった。

夫婦であることと、同じベッドで寝ることは、別の話なのかもしれない。

今の家なら、別室にできる

実は、今の家でも寝室を分けることはできた。

子ども部屋が二つ空いている。

どちらかを使えばいい。

でも妻は、そこに乗り気ではなかった。

「だったら、家そのものを小さくしたい」

というのが妻の考えだった。

空いている部屋を使うために、広すぎる4LDKに住み続ける。

それは少し違う。

子どもたちが戻ってくる予定もない。

庭の手入れも、以前ほど楽しくなくなった。

外壁や屋根のメンテナンスも、そろそろ気になる。

「これから二人で住む家を、もう一回選んでもいいんじゃない?」

妻が言った。

夫は、少しずつその気になった。

次はマンションにしよう

戸建てから戸建てへの住み替えは、最初から考えていなかった。

次はマンション。

夫婦の意見はそこでは一致していた。

庭はいらない。

階段もいらない。

管理の手間も減らしたい。

駅まで歩ける。

スーパーが近い。

病院にも行きやすい。

これから年を重ねるなら、家の広さよりも、生活のしやすさを優先したかった。

ただし条件が一つある。

3LDK。

二人暮らしなのに、2LDKではなく3LDK。

理由は明確だった。

夫の部屋。

妻の部屋。

そしてリビング。

「夫婦二人なら2LDKで十分でしょう」

不動産会社の担当者にそう言われたこともあった。

妻は、

「二人だから3LDKなんです」

と答えた。

練馬区を離れる理由はなかった

住み替えるといっても、遠くへ行くつもりはなかった。

二人とも長く練馬区で暮らしてきた。

友人もいる。

行きつけの病院もある。

買い物する店も分かっている。

子どもたちも、

「実家が全然知らない街になるのはちょっと嫌だな」

と言った。

だから、

エリアは変えずに、

暮らし方だけを変える。

その方が二人には合っていた。

73㎡の3LDK

見つけたのは、関町南にある中古マンションだった。

約73㎡。

3LDK。

築10年弱。

6階。

駅までは徒歩圏。

価格は5,000万円台。

広すぎない。

狭すぎない。

夫婦二人で住むには、十分だった。

内覧の日。

妻は、それぞれの洋室を何度も見ていた。

「こっち、私の部屋にしようかな」

「もう決めてるの?」

「南側だし」

夫も、もう一つの部屋を見る。

ベッド。

机。

本棚。

小さなテレビ。

それくらいなら十分置けそうだった。

夫は初めて、

自分だけの寝室を少し楽しみにしていることに気づいた。

「それぞれの部屋」がある生活

夫の部屋は、シンプルだった。

ベッド。

デスク。

テレビ。

ゴルフ用品。

妻の部屋は、少し違った。

ベッドの横には本棚。

好きな照明。

小さなソファ。

寝る前に読む本が並んでいる。

エアコンの設定温度も、

それぞれ自由。

夫は夏、少し低め。

妻は高め。

誰も文句を言わない。

照明も自由。

夫は真っ暗。

妻はベッドサイドのライトをつけたまま本を読む。

妻が夜中までドラマを見ても、

夫は気づかない。

夫が朝5時半に目覚ましを鳴らしても、

妻は起きない。

「最高だね」

引っ越して数日後、

妻が言った。

夫も、

「もっと早くやればよかったな」

と答えた。

一緒にいる時間は、むしろ増えた

面白いことに、

寝室を分けてから、

二人がリビングにいる時間は増えた。

以前は、

妻が夜更かししたい日は寝室へ行かず、

一人でリビングに残ることもあった。

夫は先に寝室へ行く。

なんとなく生活時間がずれていた。

今は、

寝るまでは二人ともリビングにいる。

テレビを見る。

お茶を飲む。

今日あったことを話す。

そして、

「じゃあ、おやすみ」

と言って、

それぞれの部屋へ行く。

それだけだった。

夫婦が別々に眠るようになったからといって、

距離ができたわけではない。

むしろ、

一緒にいる時間と、

一人でいる時間が、

はっきり分かれるようになった。

子どもたちは少し驚いた

長女が新居へ遊びに来た。

部屋を案内すると、

「え、寝室別なの?」

と驚いた。

妻は、

「そうだよ」

と普通に答えた。

「仲悪くなった?」

夫が笑った。

「なんでそうなるんだよ」

妻も笑った。

「仲良くいるために別なの」

長女は、

「へえ」

と言った。

少し不思議そうだった。

でも、その日の夕方。

夫婦がキッチンで一緒に夕飯を作っているのを見て、

何も言わなくなった。

同じ家にいることと、ずっと一緒にいることは違う

若い頃は、

夫婦は何でも一緒の方がいいと思っていた。

休みの日。

旅行。

食事。

寝室。

家族というものは、

一緒にいることで形になると思っていた。

でも結婚して28年。

今は少し違う。

一緒にいるためには、

離れる時間も必要だった。

妻には妻の時間がある。

夫には夫の時間がある。

好きな温度。

好きな音。

好きな寝る時間。

それを我慢し続けることが、

夫婦でいることではない。

3LDKを選んだ理由

二人暮らしなら、

もっと小さな家でもよかった。

2LDKなら、価格も抑えられた。

管理ももっと楽だったかもしれない。

でも、

夫婦は3LDKを選んだ。

広い家が欲しかったわけではない。

一人になれる場所が欲しかった。

それぞれの部屋がある。

そして、

真ん中に二人で過ごすリビングがある。

その間取りが、

今の二人にはちょうどよかった。

「おやすみ」と言えるようになった

夜11時。

夫がソファから立ち上がる。

「先寝るね」

妻が、

「おやすみ」

と言う。

夫は自分の部屋へ行く。

妻はそのままリビングで少しテレビを見る。

以前なら、

同じ寝室へ行くタイミングをなんとなく合わせていた。

どちらかが我慢していた。

今は違う。

別々の部屋へ行くから、

毎晩ちゃんと、

「おやすみ」

と言う。

夫はそれが少し気に入っていた。

夫婦別室。

言葉だけ聞けば、

関係が冷めた夫婦を想像する人もいるかもしれない。

でも二人にとっては、

まったく逆だった。

同じ家で、

それぞれ自分の時間を持つ。

そして、

一緒にいたいときはリビングに集まる。

仲がいいから、

寝室は別にした。

50代になった二人が選んだ3LDKは、

夫婦の距離を離す家ではなく、

これからも一緒に暮らしていくための家だった。

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